2009/05/31-: Astrid Kirchherr Photo Exhibition:アストリッドとスチュ 俯瞰の物語
Jun 01, 2009 @ 02:44
by Yukari Iki

ミューズ:
ギリシャ神話で登場するあらゆる文学や芸術を司る女神たちの英語名を指し、
知識と教養に長け多くの影響を与える女性のことや、
容姿の善し悪しではなく「イメージモデルとして描きたい!」と思わせる何かや、
「すごい!って言わせてみたい!」と思わせる何かを持ち備えた女性のことを概略して指すこともあるようです。
その言葉にあてはまる存在の女性が、どの世代にも各ジャンルにもいますよね?
ミューズという言葉の印象は私にとって、性別はおいておいて、「卑弥呼」とか「ジプシー」とか、
そういう言葉と同様な響きを感じます。
世代、趣味趣向、性別、活動ジャンルによって、ミューズの種類はそれはそれは十人十色。
私自身、女性であるからか、どんな種類のどの時代のミューズでも、
彼女たちの生き様や生き方を知る機会があるにつけ、
彼女たちの魅力に理由なく惹き付けられ、ミューズと言われている所以を知りたくなります。
今回5月31日より2週間、SOCIAL GALLERY1Fにて開催されているアストリッド・キリヒアもその一人。
彼女の名前も、存在さえも、勉強不足な私は知る余地もなかったのですが、開催するにあたり、
その名前を調べることで彼女の存在をひもとくことができる様々なDVDや本等に入り込めば入り込むほど、
アストリッドという人間の不思議な魅力と、ある種よくも悪くも彼女が天性で持ち備えた"魅力の毒"を感じることができたような、そんな気がしています。
ただただ、ミューズという存在にひかれる側の気持ちがよく分かるなあ〜と感じるその一瞬が心地よい、
ただそれだけなんです:)
ーーー
1962年から始まる「伝説」の序章、THE BEATLESの無名時代の青春のストーリーとも言えるドイツはハンブルグでのバンド修行時代において、結果的に"重要な事象"を担うこととなった二人に着眼点をおいた今回の展示会。
その”二人”とは「5人目のTHE BEATLES」と呼ばれ、類い稀なる画才を持合せながらも、その才能を開花させる前に夭逝した悲運のアーティストと、スチュアート・サトクリフの恋人であり、写真家でもあるアストリッド・キルヒア、彼女です。
1962年、THE BEATLESのデビューの年。彼らのデビューは、音楽という枠にとどまらず、アート、カルチャー、そしてやがては社会現象として全世界に多大なる影響を与えました。
"無名時代のビートルズにとってのミューズ"といっても過言ではないアストリッドが撮影した数々の写真たちはが展示されています。
誰よりもスチュアートを、そしてTHE BEATLESを愛してやまなかったアストリッドだからこそ切り取ることのできた「かけがえのないもの」を、彼女の無垢な写真の世界を通して感じていただきたいと思ってます。
Astrid Kirchhherr(アストリッド・キルヒア)
1938年5月20日ハンブルク生まれ。1960年、THE BEATLESのライブでスチュアートに出会い、一瞬にして2人は恋に落ちる。メンバーとも交流を深めるうちに、カルチャーに精通した彼女は、THE BEATLESのセカンドアルバムに使用されたハーフ・シャドーという手法を取り入れるなどバンドに多大なる影響を与えるようになる。メンバーとの交流を深めて撮り始めたTHE BEATLESの写真は、初期のTHE BEATLESを伝える写真のなかで最も優れたものと言われている。女性カメラマンの先駆けとして今なお多くの人々に愛され続けている。
会 場 : SOCIAL TOKYO(東京都渋谷区渋谷1-22-5)
会 期 : 2009年5月31日(日)〜6月14日(日)
時 間 : 12:00〜20:00(無休)
企 画 : 香音/セブンダイヤルズ
*展示作品は全てご購入いただけます。
*期間中に限り、展示写真のうち2種類の写真が印刷されたT-shirtが販売されます。
¥6500(税込み)/枚
WHITE or LIGHT BLUE



--------------------
悠久の想い〜アストリッドという起点
リバプール。何度訪れてもこの街は僕にとって懐かしい街だ。ティーンエイジャーの時にビートルズを聴き、このリバプールと言う地名を知った。何十年もの間ビートルズに関われば関わる程、この街は僕の心の中でクローズ・アップされた。数あるビートルズの伝記を貪るように読み、そして「In My Life」、「Penny Lane」、「Strawberry Fields Forever」を何千回と繰り返し聴き、やがて僕の頭の中には未だ見ぬリバプールと言う街のジオラマが出来上がって行った。
初めてリバプールを訪れた1994年、ライム・ストリート駅に降り立った時、溢れる郷愁感で胸がいっぱいになった。僕はずっとずっと何十年にも渡ってこの街をブレイン・トリップしていた。だから初めて訪れた街なのに、まるで故郷に帰って来たような気持ちになったのだ。
ビートルズの痕跡を辿り感傷に耽る......これはリバプールを訪れた全てのファンに共通している。彼等同様、いるはずもないモップ・トップ4人組の姿、その幻影を街中の至る所に僕は探し求める。すべては過ぎ去った出来事だと理解してはいても、僕はまるで自分のアイデンティティーを確認するかのように毎回この街を訪れる。
3度目の来訪、いや、帰省のような気持ちで僕はリバプールに戻って来た。それは2001年の夏の日。気の遠くなるような青空と冷気を含んだ乾いた風。そんな輝くような夏日が数日続いた。フィッシュ&チップスやスカウスで空腹を満たし、ブラック・ベルベットを喉に流し込む僕はさながらリバプール・アート・オヴ・カレッジの学生のような気分に浸っていた。
このアート・スクールに在学中だったジョン・レノンはスチュアート・サトクリフと知りあう。ジョンはスチュアートを自身のグループ(THE BEATLESの前身)に引き入れハンブルグへと旅立つ。スチュアートは彼方の地ハンブルグでフォトグラファー/アストリッド・キルヒアと出会い恋に落ちる。やがてスチュアートはグループを離れアストリッドと婚約。ハンブルグに残り画家として生きる決意をする。ジョンはポールやジョージと共に最悪の環境の下、悪戦苦闘しながらもバンドとしての夢へ着実に一歩づつ近づいて行く。
この時期のジョン、ポール、ジョージ、そしてスチュアート&アストリッドが織りなす友情、そして愛と死は世界一の青春ドラマだ。アストリッドがその時代を証言するかのように残した貴重な写真群。ビートルズ誕生前夜の真実の記録として、それらがどれほど歴史的にも重要で意義あるものかは今日周知の事実である。リバプールの長い夏の午後、そんな彼等の系譜を僕は胸の中でぼんやり辿っていた。
リバプールを去る前日、僕はアデルフィ・ホテルのイベント・スペースにいた。そこではアストリッド・キルヒア展の準備が進められていた。翌日の開場時間には僕は既に列車の中にいる。だから、準備中の会場だけでも見学して帰ろうと思ったのだ。
その場所で僕は瞬時に凍り付いた。壁に釘を打ち込んでいる女性は紛れも無くアストリッドその人であったのだから。僕があまりに熱心に覗き込んでいたからだろう、僕の視線にアストリッドが振り返った。彼女は静かに手を上げると僕に向かって手招きをした。入って来いと言う仕草をしている。
ビートルズの歴史に向かい合っている感動で僕は震えた。計り知れない程ビートルズから影響を受けた僕の人生、そのビートルズをファインダーの中にとらえたアストリッドの瞳に今見つめられている事実の驚き、その思いを必死で彼女に伝えた。そして日本でも是非、アストリッド写真展を実現して欲しいと本人に切望した。実現出来るといいわね。アストリッドのフレンドリーで気さくな笑顔は僕の胸を締めつけた。そのキュンとした思いは僕がリバプールの街に感じる郷愁とどこか似た感覚だ。まるで何年も前からの知己のような感覚。その時思った、アストリッドも、そしてスチュアートもジョンやポール、そしてジョージもたぶん僕らと何ら変わらない感情を持ち、挫折や失望を繰り返し、それでも未来に希望を膨らませていた、そんなどこにでもいる同じような若者だったに違いないと。ビートルズから感じる独特の切ないあの郷愁感、それはきっと全ての若者が持ち合わせている共通の魂なんだと。アストリッドの人柄に触れふとそんな安心感を覚えた。
まさかその約束が8年後に実現するとは思いもしなかった。今回、東京で最大級濃密なアストリッド・キルヒア展が行われる運びとなった。いつの時代にも、そしていずこの街の片隅にも転がっている若者達の無垢で秘めた静かな情熱をアストリッドの写真は見事にとらえている。ビートルズ以前の純粋で野心に満ちたジョン、ポール、ジョージ。そしてその成功を知る事も無く逝ってしまったスチュアート。人生の光と影を既に知りえていたかのようなアストリッドの視点は時代を超えて僕らの胸を打つ。
(文・森川欣信:音楽プロデューサー/オフィス・オーガスタ代表)